ばあちゃん
むかし、まだ僕が小さくて、たぶん少しはかわいい少年だったころ、
あなたの家へ行くことは、僕にとって最大のイベントでした。
父と母は、甥っ子や姪っ子へのおみやげをたんまりと買い込み、
僕ら四兄弟の八本の手は、それらで完全にふさがれていました。
田舎へ向かう列車は、記憶している限りではたった一両っきりしかなかったはずなのに、
里帰りの時期にもかかわらず、いつも空(す)いていて、
ほとんどいつも僕ら家族は席を確保できました。
男ばかりの僕ら四兄弟は、車窓に海が現れはじめるタイミングを知っていて、
そのころになると、座席に膝をつき、列車の、錆のめだつ滑りの悪い窓を力を合わせて開けました。
そして、視界にチラリとでも海が見えれば、
「ほら、かあちゃん、海、うみ、ほら!」
と、兄弟のなかで自分がまっさきに見つけたのだと主張し合ったのです。
海が車窓から消えてすぐの駅には、父さんの弟が迎えに来てくれていて、
いつもは野菜や芋を満載しているはずの、その、おじちゃんの白いトラックに乗り込むと、
そこにはもう、大好きな田舎の匂いがちぎれちぎれに浮いていました。
山道を30分も走ると、あなたの家に着きました。
車を降りると、庭の、みかんの木の匂いと黒土の匂い、そしてお線香の匂いが迎えてくれましたよ。
ばあちゃん、僕らが大好きだったあなたの家の匂いです。
その向こうにあなたの大きな笑顔がありましたね。
ばあちゃん、あなたのひ孫たちは健やかに育っています。
桜が散りはじめる頃、娘の入学式です。
ランドセルを背負ったあの子の姿を、あなたに見ていただけなかったことは、
僕の生涯の悔いになりました。
ばあちゃん、花に埋もれて眠っていた、あなたの右手に、
僕の子供たちからの手紙を、たしかに渡しましたよ。
今はまだ、不慣れな世界で戸惑いも多いでしょうし、
迎えに来てくれていたはずの じいちゃんとの、
離れていた八年間の積もる話もあるでしょう。
それが一段落して落ち着いたら、あの手紙を読んであげてください。
とても短い手紙ですが、
「小さなおばあちゃん!」と呼んで、あなたのことを慕っていた、
小さなあの子達の、大きな気持ちが、
たくさんつまっているのだと思います。
孫の僕はと言えば、心健やかとは言えないかもしれませんが、
つまづき、よろめきながらも、胸を張り、風を切って生きようとしています。
そう言えば、ばあちゃん、
僕は大人になってからずっと、あなたに尋ねたいと思いながらも聞けなかったことがあります。
ばあちゃん、
どう生きれば、あんなにも大きく、美しく笑えたのですか。
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※ 今年、春の訪れとともに、大好きだったばあちゃんがなくなりました。
いつも、大きな笑顔で迎えてくれた人でした。
告別式で、最後のお別れのとき、子供たちから託された手紙を、
棺の中で眠るばあちゃんの、右手に渡しました。
さよなら。
ばあちゃん。
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