全日空ホテルの36階
東京の夜を見渡せるBARに
僕はなぜか
忘れえぬ人といた
僕はなぜか
忘れえぬ きみといた
その夜
きみにとっての僕は
幸せな思い出を共有する人で
僕にとってのきみは
まだ過去にできない人だった
「 なんの見返りも求めずに
わたしを愛してくれたのはあなただけ 」
そう言ってきみは幾杯めかのワインを
僕の好きだった
無色のルージュが綺麗に塗られた唇へ運ぶ
「 僕はきみのすべてを求めただろう。
きみのこれからの人生すべてを求めたじゃないか 」
そう言って僕が笑うと
「 それは見返りとは言わないわ 」
と きみも笑った
日付が変わる15分前
僕らは別れのエレベーターに乗り
きみは部屋のある30階で降りた
ドアが閉まるぎりぎりまで
僕らは手を握り合っていた
僕はひとりメトロ線溜池山王の駅へ向かう
改札で振り返ったとき
そこには いるはずのないきみがいて
胸の前で小さく手を振っていた
目が真っ赤だったのは見間違いではないし
「 また会えるよね 」
そう言っているのは
唇の動きでわかったけど
僕は おやすみ と唇を動かしただけで
きみの視界から消えた
東京の夜を見下ろすBARに
僕はなぜか
忘れえぬ人といた
僕はなぜか
忘れえぬきみといた
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※別れてから1年半、ようやく思い出に変わりはじめた頃、彼女から電話がきた。
「東京に来ているの。今夜会えない?」
全日空ホテルの36階、
マンハッタンラウンジで、僕らは再会した。
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