きみがいるバス停

　　　　　　　　　　　　さっきから　停留所を　いくつも通りすぎている
　　　　　　　　　　　　僕以外に誰も乗っていないし
　　　　　　　　　　　　近づく停留所に人影もないのだから
　　　　　　　　　　　　あたりまえといえば　あたりまえのことなのだけれど
　　　　　　　　　　　　とまらないバスは　やはりなんだか寂しい

　　　　　　　　　　　　　　人影のない停留所に　きみが立っている
　　　　　　　　　　　　　　きみの心が立っている


　　　　　　　　　　　　あの頃きみが通勤で使っていたこのバスに
　　　　　　　　　　　　駅前のバスターミナルから
　　　　　　　　　　　　きみの部屋の前の　坂道をくだったところにある
　　　　　　　　　　　　ほら　あの停留所まで
　　　　　　　　　　　　今日　僕は　バスに乗ってみたんだ

　　　　　　　　　　　　このちょっとくたびれた座席には
　　　　　　　　　　　　きっときみも座ったことがあるんだろうね


　　　　　　　　　　　　きみは時々　駅前からバスに乗らずに
　　　　　　　　　　　　有機栽培の野菜だけを売っている
　　　　　　　　　　　　あの　お気に入りの八百屋まで歩いていたね
　　　　　　　　　　　　そこで大根とほうれんそうを買って
　　　　　　　　　　　　店先のバス停でバスを待っていたんだよね

　　　　　　　　　　　　見かけたことがあるんだ
　　　　　　　　　　　　まだきみが　この街を捨てる前の春の日にね
　　　　　　　　　　　　買い物袋をぶら下げて
　　　　　　　　　　　　あのバス停で　そらを見ているきみを


　　　　　　　　　　　　　　　人影のない停留所に　きみが立っている
　　　　　　　　　　　　　　　きみの心が立っている



　　　　　　　　　　　　誰かが　降車ボタンを押した
　　　　　　　　　　　　振り向いてみた
　　　　　　　　　　　　人影はない
　　　　　　　　　　　　僕の前にも
　　　　　　　　　　　　人影はない

　　　　　　　　　　　　きみが押したのかい？
　　　　　　　　　　　　そうなのか？
　　　　　　　　　　　　きみが押したのかい？

　　　　　　　　　　　　バスが止まった
　　　　　　　　　　　　僕のすぐ背後の席でヨイショと声がした
　　　　　　　　　　　　小さな　ちいさなおばあちゃんが
　　　　　　　　　　　　座席の陰から　ちいさく　ちいさく　あらわれて
　　　　　　　　　　　　すみませんね　すみませんね　と唱えながら
　　　　　　　　　　　　杖に　もたれ　もたれ　ゆっくりと降りていった


　　　　　　　　　　　　きみじゃなかったんだね
　　　　　　　　　　　　きみじゃなかったんだね

　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　きみはいま　僕らのふるさとの街で
　　　　　　　　　　　　また　バスに乗っているのかな

　　　　　　　　　　　　仕事　楽しくやってますか
　　　　　　　　　　　　お気に入りの八百屋を　もう見つけましたか
　　　　　　　　　　　　愛とは優しさなのだということに
　　　　　　　　　　　　もう気づきましたか



　　　　　　　　　　　　いつもきみが降りていた
　　　　　　　　　　　　坂道の下のバス停が近づいてきた
　　　　　　　　　　　　降車ボタンが鳴った
　　　　　　　　　　　　僕は　もう驚きはしなかった
　　　　　　　　　　　　鳴るだろうと思っていたからだ

　　　　　　　　　　　　僕の横を　きみの香りが歩いて過ぎた
　　　　　　　　　　　　バスは止まり
　　　　　　　　　　　　きみの香りが降りていった

　　　　　　　　　　　　僕は　きみのあとを追わなかった
　　　　　　　　　　　　終点まで　乗っていこうと思っていた
　　　　　　　　　　　　とても　とても　おだやかな
　　　　　　　　　　　　いまのままのこころで
　　　　　　　　　　　　ずっと　きみを　愛してゆこうと思っていた




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恋が愛に変わった時　　それまで見えなかったものが　見えてきますね